今回は、人工知能分野で有名な東大の松尾豊先生が書いた論文『なぜ私たちはいつも締め切りに追われるのか』を解説します。
科学論文らしくないポップな内容ですが、非常に示唆に富んでおりとても面白いです。
日本語論文ですが、普段、論文を読み慣れない人には難しいと思うので、わかりやすくまとめていきます。
論文の概要
- Published: August, 2006
- 論文リンク: http://ymatsuo.com/papers/neru.pdf
※ 論文内で「人工知能学会論文誌」と書いてありますが、実際には掲載されていないパロディー論文です。
著者は何を達成したの?
- 締め切りまでの精神的なゆとりを表すネルー値を提案
- 締め切りまでのリソース配分をモデル化
- 提案モデルから最適なリソース配分方法を提案
- なぜ研究者が締め切りに追われるのかを、解析的に証明
この手法のキーポイントは何?
- 創造的仕事とやっつけ仕事を数値的に定義した
- 締め切り期間と仕事の種類に対する最適なリソース配分戦略を提案
どう役立つか?
あらゆるシーンで取り組む課題の種類に対して、リソース配分戦略の重要性を認識できる。
ネルー値 〜締め切りまであと何日寝られるか〜
論文中で最初に提案されるのがネルー値です。
以下がネルー値の定義です。
「今日、このまま寝てしまっても締め切り等に影響がない状態」が1ネルーであり、「\(n\)日寝てしまっても締め切り等に影響がない状態」が\(n\)ネルーである。
つまり、ネルー値が高いと次の締め切りまでゆとりがあり、ネルー値が低いとカツカツであることを示しています。
リソース配分問題
では、締め切りまでに自分のリソースをどのように配分するのかを定式化します。
締め切りまでの時間を\(t\)とした時、リソースの配分は\(r(t)\)と表されます。
ただし当然、締め切りまでの時間は上限\(T\)があります(\( 0\leq t \leq T\))。
この時、仕事の効率\(u(t)\)は、どのくらいリソース\(r(t)\)を投入するかで決まりますので、達成する仕事の総量\(W\)は以下の式で決定されます。
\)
ここで、リソース\(r(t)\)=集中力になります。
どれだけ集中して、どれだけ長く作業できるかで、その成果\(W\)は変わります。
ただし、ここで現実問題として、集中力には上限\(\bar{r}\)があり、その総量にも限界\(R\)があります。
作業効率モデル
論文の著者(松尾先生)は、作業効率\(u(t)\)を次のようなモデルで表しています。
\)
ただし、\(k\)は正の定数で、作業効率と集中力の関係性を示しています。
\(k=1\)の時、作業効率=集中力です。
\(0 < k < 1\)の時は、集中力を2倍にしても、仕事の効率は2倍になりません。
このような作業の例としては、単純作業などがあります。
どんなに集中して作業をしても、部品の組み立てなどは、作業効率が倍増することはありません。
\(k > 1\)の時は、集中力を2倍にすれば、作業の効率は2倍以上になります。
だらだらやっていてもいつまで経っても終わらないが、集中すればすぐに終わるような仕事です。
最適な仕事術
上記までで、作業効率を最大にするためのリソース(集中力)の配分を求めることができます。
\(0 < k < 1\)時の解は、以下のようになります。
\)
また、\(k > 1\)時の解は、以下のようになります。
\begin{array}{ll}
\bar{r} & (0 \geq t \geq R/\bar{r})\\
0 & (R/\bar{r} \geq t \geq T)
\end{array}
\right.
\)
ここで、前節で少し議論したように、\(k\)の値によって取り組んでいる作業の性質が異なります。
論文中では、\(k > 1\)の仕事を創造的仕事、\(0 < k < 1\)の仕事をやっつけ仕事と呼んでいます。
そして上記で解いたように業務の種類により、最適なリソース配分は異なります。
締め切りに追われるわけ
期限が近づいてくる(\(T\)が小さくなる)場合を考えます。
この場合、直感的には、集中力を高めて(\(r(t)\)を大きくして)作業に取り組みます。
取り組んでいる作業が「やっつけ仕事」であれば、集中力を高めても作業効率は思うようには上がらず、時間が足りなければ締め切りに間に合いません。
一方、研究者が取り組みような「創造的仕事」であれば、集中力を2倍にすれば作業効率も2倍以上向上するため、間に合うことが起こり得ります。
ここで、論文の中では研究者が締め切りに追われる理由を以下のように解説しています。
このモデルによれば、時間がなくなる→集中力を上げる→仕事の効率が意外に上がるというプロセスによって成り立っているわけである。
(中略)
研究者がこれ(計画を立てて余裕を持ってやること)を学習できないのは、それで何とかなるから学習する必要がないのである。
まとめ
なぜいつまでも締め切りギリギリに作業してしまうのかを、理論的に説明した面白いを論文でした。
この論文自体は、半分ジョークとして書かれたものですが、現象の分析・モデル化・考察という研究のプロセスをしっかりと辿っています。
初めて論文を読む方にも、わかりやすくかつ楽しく読むことができるかと思います。
ぜひ、ご自身で原著のPDFを読んでみてください!